バイオハザードとは?押さえておきたい概要と実践すべき対策
研究で微生物やウイルスを取り扱う際には、十分な注意が必要とされるのがバイオハザードです。ただ、バイオハザードの詳細についてよく分からないという方もいるのではないでしょうか。
そこで、本コラムではバイオハザードの詳細や対策を知りたい方のため、概要や安全基準、対策などについてご紹介します。
安全キャビネットの使用が効果的な対策とされています。この記事を読むことで安全キャビネットの詳細についても分かるようになるので、ぜひご覧ください。
バイオハザードとは?
バイオハザードとは、細菌やウイルス、原虫による感染や、未知の微生物を生み出す可能性がある組み換えDNA技術、動物実験などが引き起こす人体への健康被害を指します。
正式には「バイオロジカルハザード」と呼ばれます。
近年、生物学や医学の発展に伴い、感染危険度が高い、または危険度が不明な病原性微生物やウイルスを取り扱う機会が増えています。これらを取り扱う企業では、病原性微生物やウイルスが外部に広がり、人々に健康被害をもたらすことを防ぐための対策を取らなければなりません。
関連する企業は、正しい知識を持ち、適切な対策を講じることが求められます。
バイオセーフティーレベル
微生物は、人・動物に対してどの程度の危険性があるのかを基準にして、バイオセーフティーレベルと呼ばれる安全基準が定められています。これは、レベル1~4まであり、数字が高くなるほど危険度も高くなります。
基準は世界共通であり、微生物を取り扱う研究や実験を行う場合、レベルに応じた設備を用意しなければなりません。
作業時の安全性はもちろん、台風や地震、さらにはテロなどの災害時にも、高い安全性が確保される必要があります。
ここでは、バイオセーフティーレベル1から4までの基準について解説します。
レベル1
レベル1は、個体および地域社会に対する危険度が低いものです。たとえば、人に疾病を起こしたり、動物に獣医学的に重要な疾患を起こしたりする可能性がないものが該当します。
具体例として、生ワクチンウイルスや動物に対して無害な病原体が挙げられます。通常の微生物学実験室で対応可能であり、特別の隔離は必要ないとされます。
レベル2
レベル2は、個体に対する危険度が中程度のものであり、地域社会に対して軽微な危険性を持つものが該当するものです。人や動物に対して病原性を有するものの、重大な災害にはつながらないものを指します。
また、実験室内で暴露した場合に重篤な感染を引き起こす可能性はありますが、有効な治療法や予防法が確立されている場合は、伝播のリスクを抑えることができます。こういったものが該当し、具体例でいうと食中毒菌やインフルエンザ、新型コロナウイルス、ポリオ、はしかなどが挙げられます。
なお、同じインフルエンザであっても鳥インフルエンザウイルスはレベル3の扱いとなるため除きます。
レベル3
レベル3は、個体に対する危険度は高いものの、地域社会に対する危険度は低いものです。たとえば、仮に人に感染してしまった場合には重篤な疾患を引き起こすとしても、他の人に広まっていく可能性が低いものについてはレベル3となります。
対応する作業者は白衣ではなく研究衣を着用し、必要に応じて呼吸用保護具を装着する必要があります。さらに、エアロゾルが発生する可能性がある実験は、生物学用安全キャビネット内で行い、作業中は一般外来者の立ち入りを禁止することが指針として定められています。
結核菌や鳥インフルエンザウイルス、ペスト、チフス、狂犬病ウイルスなどが該当します。
レベル4
レベル4は最も危険度が高いものです。個体だけではなく、地域社会に対しても高い危険度を持つものが該当します。
また、人や動物が感染した場合、重篤な疾患を起こし、それが周囲に広まりやすいものをいいます。危険度が高い微生物の中で、有効な治療法や予防法がまだ確立されていないものもレベル4に該当します。
具体例でいうと、エボラウイルスやラッサウイルス、天然痘ウイルスなどが該当します。
これらに関連する作業を行う場合は高度封じ込め実験室でなければならず、汚染空気が内部に侵入することを防げるスーツ型の防護服を身にまとわなければなりません。作業する実験室には、シャワーなど安全性を高めるための設備が求められます。
バイオハザードを防ぐ安全キャビネット
感染性を持つ微生物や生物材料を取り扱う場合、バイオハザード対策が必須です。その対策に役立つ設備の一つが、安全キャビネットです。
安全キャビネットとは、箱型の設備で、微生物や生物材料を安全に取り扱うための装置です。
よく混同される設備にクリーンベンチがあります。安全キャビネットは、外部からウイルスが混入してしまうのを防止するほか、作業者が感染するのを防ぐためのものとなっています。
一方、クリーンベンチは主に外部から異物が混入するのを防止することのみが目的です。
目的に応じて適切なものを選ぶことが必要です。
安全キャビネットの種類
安全キャビネットは、クラスⅠからクラスⅢまでの種類に分類されています。また、このうちクラスⅡはさらに4種類に分かれています。
それぞれ構造が異なるため、対象となる病原体に適したものを選んでいくことが重要です。
ここでは、それぞれの種類と特徴について解説します。製品選びをする際にお役立てください。
クラスⅠ
クラスⅠは、安全キャビネットの中で最も基本的な設計の種類です。換気型の構造であり、前面にある開口部から空気を取り込むことで、内部に浮遊している汚染物質が外に漏れ出してしまうのを防ぎます。
キャビネットにはろ過システムが備わっています。浮遊する粒子や汚染物質は、このろ過システムを通過し、除染された空気として排気されます。
ただし、キャビネット内部には外部から雑菌が流入するため、菌の抑制が不要な実験に適したタイプです。内部を無菌状態に保つことはできないため、病理研究や遺伝子組み換え生物の研究には適していません。
クラスⅡ
クラスⅡは、クラスⅠと同様に換気型の構造を持つ安全キャビネットです。これにより、浮遊する微小な液体や固体の粒子(エアロゾル)が外部に流出するのを防ぎます。
クラスⅡの大きな特徴は、HEPAフィルターという高精度なフィルターが搭載されており、これにより吹き出す気流がワークを保護する点です。
排気も、ろ過・除菌されることから、安全な作業環境を作ります。内部への異物混入を防ぐ点がクラスⅠとの大きな違いです。
気流方式により、以下のAとBのタイプに分類されます。
タイプA1
タイプA1は、空気の一部を循環させ、一部を排気する通風方式を採用したタイプです。最も一般的なタイプで、循環気率は約70%、30%の気流が排気されます。
研究で微量の有害化学物質を使用するケースでは、キャビネットに排気ダクトを設置しなければなりません。これは、排気用HEPAフィルターでは化学物質の除去ができないことが理由です。
また、大量の有害化学物質を取り扱う場合は、後述するタイプBのほうが適しています。
バイオセーフティーレベル1~3の病原菌を取り扱う用途に適しています。揮発性の有害物質の取り扱いには適していません。
タイプA2
タイプA2は、HEPAフィルターで空気をろ過し循環させるか、キャノピーという装置を通じて外部に排出するタイプです。生物材料や不揮発性の有害物質などのほか、微量の有害化学物質による処理が行われているバイオ試料などを扱うこともできます。
生物材料や不揮発性の有害物質が扱える点はタイプA1と同様ですが、密閉式ダクトで屋外排気を行うシステムの場合、タイプA1とは異なり少量の揮発性物質も取り扱えます。
循環気率はタイプA1と同じく約70%です。バイオセーフティーレベル1~3の病原菌を扱う用途で使われています。
タイプB1
タイプB1は、密閉式ダクトに接続して室外排気を行う種類です。循環気率は約50%で、タイプA2よりも高い点が特徴です。
基本的にタイプB1は屋外排気型であることから、相当量の揮発性物質の取り扱いに適しています。
吹き出す空気はHEPAフィルターでろ過されていることもあり、汚染はされていません。作業時に発生する汚染空気は、HEPAフィルターでろ過され、外部接続の専用ダクトを通じて排出されます。
また、タイプA2とは異なり、タイプB1は直接排気エリアがある種類です。そのため、循環できない物質を含む作業も可能です。
タイプB2
タイプB2は、生物材料や、相当量の揮発性有害物質の取り扱いが可能な種類です。全排気型や100%排気型と呼ばれることもあります。
密閉式接続ダクトによる室外排気となっており、高い安全性を求める場合に適した種類です。内部で発生する汚染排気は、キャビネット内や作業室内を循環しません。この仕組みの特性上、毒性化学物質を使用する作業にも適しています。
ただし、安全性が高い一方で、設置や調整に加え、維持も難しい種類です。
タイプB1、タイプB2は、どちらもバイオセーフティーレベル1~3の病原菌を用途で利用できます。
クラスⅢ
クラスⅢは開口部のない閉鎖型(密閉型)で、グローブボックス型とも呼ばれます。
致死性の高い生物学的危険性のある研究でも用いられている種類です。安全性は非常に高い一方で、閉鎖型のため操作性が制限される点が特徴です。
安全キャビネットの中では、唯一エボラウイルスやラッサウイルス、天然痘ウイルスなどのバイオセーフティーレベル4の取り扱いが可能です。
排気処理には、二重のHEPAフィルターでろ過する方法と、HEPAフィルターでろ過した後に焼却する方法の2種類があります。
安全キャビネット使用時の流れ
安全キャビネットは、正しく使用することで安全性の高い環境を作ることができます。そのため、使用する際は、全体の流れをよく確認した上で、不備がないように実施する必要があります。
ここでは、事前に準備しておくべきことから操作についてなど、押さえておくべき使用手順をご紹介します。
事前準備
事前準備の段階から確実に作業を行う必要があります。
作業者の手を保護するため、取り扱うものに適した実験着を着用し、さらにグローブの着用も必須です。
作業を開始する前には、使用するものをすべて内部に入れた状態で表面を消毒しましょう。ワークエリアである安全キャビネットの内壁も忘れずに丁寧に消毒してください。
それから、安全キャビネットの電源を入れたら、少なくとも3~5分間ファンを回し、キャビネット内の空気をすべて排気します。ドレン受けがある機種については、作業前にドレンバルブを閉じるのを忘れないようにしてください。
操作
事前準備を確実に行った上で操作に移ります。クリーンエリア、準汚染エリア、汚染エリアと、内部でゾーニングを行うことで、より安全性を高めることが可能です。
作業は手前や中央ではなく、可能な限り奥で行ってください。特にエアロゾルを発生させる遠心分離機やごみ箱は、キャビネット後部に配置すると、奥の吸気口に排気され、手前の物品への影響を避けられます。
また、作業時は、気流を妨げないようゆっくりと動作することが重要です。キャビネット内部には気流が発生しており、この気流によって空気中に浮遊している粒子や汚染物質がとらえられるので、気流を意識する必要があります。
ブンゼンバーナーの使用
火を使用する場合は、小さな炎を維持できるブンゼンバーナーのような電子バーナーが適しています。
ただ、基本的に安全キャビネット内で火を使うことは推奨されていません。これは、安全キャビネットが内部に生み出される気流の働きで粒子や汚染物質をとらえており、火を用いると、熱気で上昇した空気が乱流を生じさせ、粒子や汚染物質を捕捉できなくなるためです。
ブンゼンバーナーを使用する場合、空気の流れをできるだけ乱さないよう、ワークエリア内の奥にバーナーを設置することが重要です。
また、緊急時にすぐ対応できるよう、キャビネット付近に遮断機を設置してください。
シャットダウン
作業が完了したらシャットダウンを行います。
まず、使用したバイオハザードバッグの口を閉じます。その上でワークエリアの表面や壁部分、ガラス窓の消毒が必要です。
消毒が終わったら、ガラス窓を閉めた状態で排気します。UVランプが設置されている場合は、ランプを点灯させて30分間ほど照射してください。なお、UV滅菌中は換気を停止します。
紫外線は人体に対して有害であることから、取り扱いには注意が必要です。
シャットダウンが完了したらすべての容器・機器の表面を消毒した上で取り出します。
メンテナンス
作業終了後には、毎回拭き作業を行ってください。必要に応じて安全キャビネットの放射能検査や、消毒も行いましょう。
また、消耗品は忘れずに適切なタイミングで交換が必要です。プレフィルターは、3か月に1回程度を目安に交換してください。UVランプについても、1年に1回程度を目安に交換してください。
安全に使用し続けるためには、メンテナンスが不可欠です。たとえば、HEPAフィルターが目詰まりしてしまった場合、キャビネット内の空気の流れに乱れが生じ、安全性が確保できなくなってしまう恐れがあります。ファンの劣化も同様の問題を引き起こすため、定期的にメンテナンスを実施し、問題がないか確認してください。
安全キャビネットの点検項目
バイオハザード対策用クラスⅡキャビネットは、法律によって定期点検が義務付けられています。1種病原体、2種病原体、3種病原体については年1回以上の点検が義務付けられており、4種病原体については定期的な点検が求められます。検査項目は以下の通りです。 【点検項目】
- HEPAフィルター透過率試験:HEPA、ULPAフィルターに破損や劣化などが発生していないかを確認
- 流入風速測定:各メーカーが指定する方法で風速バランスが適正に保たれているかを確認
- 吹き出し風速の測定:メーカー指定の方法で吹き出し風速を測定
- 作業台内清浄度測定:作業台に存在している塵埃の数を測定
HEPAフィルター透過率試験と風速試験は、JIS規格で定められた必須項目です。
HEPAフィルターとULPAフィルター
安全キャビネットでは、HEPAフィルターやULPAフィルターが採用されています。両者の主な違いは捕集効率にあります。
以下のように異なります。
【捕集効率の違い】
- HEPAフィルター:0.3μm粒子に対して99.97%以上
- ULPAフィルター:0.15μm粒子に対して99.9995%以上
性能面では、ULPAフィルターのほうが優れています。そのため、非常に高い清浄度を求めている場合はULPAフィルターが適しています。ULPAフィルターは、HEPAフィルターと比較して強度面でも優れている点が特徴です。
一方で、清浄度をそれほど求めない場合は、ULPAフィルターを選択するとオーバースペックになる可能性があります。ULPAフィルターは高価なため、用途に適したものを選択することが重要です。
安全キャビネットの選び方
安全キャビネットを選ぶ際は、各種類の特徴を理解し、保護要件に適したものを選ばなければなりません。保護要件と該当するバイオセーフティーレベルに応じた適切なタイプは以下の通りです。
保護要件 |
レベル |
適したタイプ |
人員 |
1~3 |
クラスⅠ~Ⅲ |
4 |
実験用スーツを用いる:クラスⅠ~Ⅱ |
|
製品 |
- |
クラスⅡ~Ⅲ |
放射性核種・危険性のある化学物質の保護 |
- |
キャビネット内の空気の再循環あり:クラスⅡタイプB1・外部排気型クラスⅡタイプA2 |
製品選びにお困りの場合は、ぜひご相談ください。
万が一にもバイオハザードを起こさないための取り組みが必要
この記事では、バイオハザードの概要、安全基準や対策についてご紹介しました。安全キャビネットの種類や選び方などについてもご理解いただけたのではないかと思います。
バイオハザードは決して起こしてはならないため、適切な対策を徹底する必要があります。
オリエンタル技研工業株式会社では、各種安全キャビネットを取り扱っています。また、封じ込め装置の導入目的が無菌環境での試料取り扱いである場合は、クリーンベンチが適している可能性があります。この点についてもぜひご相談ください。